日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、庚申塔を中心に史跡を巡っています。主な行動範囲は九州北部。Nikon D750とSONY NEX-C3を使って史跡の魅力を写真でおさめられたら…と試行錯誤しています。

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二猿が奇妙な恰好の庚申塔 大分県速見郡

久しぶりに大分県庚申塔を探してみました。今回大分県への旅の目的地が別府であったために、その通り道である速水郡日出町の庚申塔で見つけた庚申塔です。

 

場所:大分県速見郡日出町藤原

座標値:33.41525,131.5531221

 

主尊である青面金剛は一面六臂と確認できます。その青面金剛の足の下に二猿二鶏が刻まれます。しかし二猿は「見ざる言わざる聞かざる」の姿をとっておらず、二匹でひとつの杵を使って餅をついているような恰好をしています。

 

庚申塔に向かって右側面に建立年月が刻まれているようですが、浸食が進み私には「享□■?辰」の文字がかろうじて確認できます。そこでこちらのサイトを参照させていただきました。「享保ニ拾歳」と刻まれているそうです。

 

しかし「?辰」という文字が私には見える感じがします。元号の頭に「享」がつくものとして候補は「享保」と「享和」。「辰」がつく干支のある元号は「享保」のみなので、今回は享保の年について調べてみました(参照)。これによると「?辰」という干支がつく年は享保では9年と21年。9年だと甲辰(きのえたつ)。21年だと丙辰(ひのえたつ)。

 

建立年を刻んでいる部分をもう一度見直してみると、なんとなく「?辰」の「?」部分に「人」という形が見えるように思えます。もしかしたら「丙辰」の可能性があるのかもしれません。なんとなく写真では「庚辰」と刻まれているように思えますが、「庚辰」という干支は「享和」にも「享保」にもないのでおそらく「丙辰」と予想されます。

 

丙辰だと享保21年の建立ということになり、1736年の建立ということになります。

 

庚申塔に向かって左側面にも文字は刻まれていますが、残念ながらほとんど判別はできません。塔の下側に講中(こうじゅう)の名前が刻まれていると予想されます。部分的に「七」という文字が見えるので講中は7人だったのかもしれません。