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福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

岩崎炭鉱 北九州市八幡西区岩崎

今回は北九州市にある炭坑跡の情報を得たのでいってみることにしました。岩崎炭鉱という場所です。

 

場所:福岡県北九州市八幡西区高江1丁目10

座標値:33.8029823,130.7184906

 

岩崎炭鉱は厳密にいうと北九州市八幡西区にあるのですが、隣町の中間市との境目にあたるところで、こちらのサイトでは中間市の大きな炭鉱のひとつとして紹介されています。同サイトでは中間市の主な炭坑は12個あったことがわかりやすく表にまとめられています(参照:中間市--中鶴炭鉱の歴史 (追加分-1))。岩崎炭鉱はのちに九州採炭という会社に買収され、昭和16年の1941年に新手三坑と名前が変わったそうです。

 

よく筑豊は炭坑の町とはいうものの、意識しないとその名残を見かけることはない印象です。その名残のひとつがこの岩崎炭鉱跡です。

あまり設備のことはよくわかりませんが、調べてみるとこちら↓がホッパーと呼ばれる石炭を保管しておく設備の一部のようです↓

そしてこちらが原炭ポケット跡↓と思われます。

原炭ポケットとは…

 

原炭を選炭場に繰り込む際に使う漏斗型の受皿。選炭場では原炭を精炭にするため、ズリを取り除き塊炭と粉炭に分ける施設(参照:幌内-7:産炭地探索

 つまり石炭の原石を綺麗にする施設の一部のようです。ポケットという設備は、上の方から原炭を入れ水で洗い流しながら余分な砂とか岩を取り除く場所のようです。

おそらくこの格子状のコンクリート跡には、昔、漏斗状の大きな器が設置されていたのではないでしょうか。

 

岩崎炭鉱は福岡県北九州市八幡西区にあった炭鉱。中間市との市境近くに位置する。1893(明治26)年に池田炭坑として開坑され、1896(明治29)年に岩崎炭坑と改称。1941(昭和16)年に新手三坑と改称、1961(昭和36)年に閉鎖となった。原炭ポケット跡やホッパーらしきコンクリート遺構が見られる。付近には「黒ダイヤ通り」という地名も残っている。岩崎炭鉱 - 廃墟検索地図