牟礼(むれ)という名のつく山や史跡が大分県に3つある。
- 角牟礼城(つのむれじょう):玖珠郡
- 飯牟礼神社(いいむれじんじゃ):豊後高田市
- 騎牟礼城(きむれじょう):竹田市
牟礼(むれ)という言葉に興味がでたので、大分県だけではなくて、全国にもこの名前がついた地名はあるのか調べてみた。
牟礼山、牟礼駅、牟礼村、牟礼町…と、少し調べただけども、いくつも見つけられる。ぼくが調べた限りでは、牟礼の名前がついている町村はまわりの町村との合併で、すべて消滅してしまっているようだ。
- 長野県上水内(かみみのち)郡牟礼村(むれむら)、2004年消滅
- 香川県高松市の牟礼町(むれちょう)、2006年消滅
- 山口県防府市の牟礼村(むれそん)、1936年消滅
山の名前や駅の名前に”牟礼”という名が残っているものがあるようで、古い言葉なのかなという想像がわく。
牟礼(むれ)という言葉の響きから、なんとなく「”群れ”→”集落”とかいう意味があるのかな…」という予想ができる。”地名用語語源辞典”によれば、「山」とか「盛り上がった場所」とか、「集落」という意味があるそうだ。
猪群山の概要
大分県豊後高田市には、猪群山(いのむれさん)という、標高458mの小さな山がある。
国東半島の北西部に位置する。飯牟礼山(いいむれさん)と、書かれることもあるそうで、もともとは飯牟礼山(いいむれさん)で、その後に言葉の響きが変化して、猪群山(いのむれさん)と呼ばれるようになったんじゃないかなと、ぼくは勝手に想像している。
猪群山山頂から東北東に300mほど歩いていくと、もうひとつピークがある。山頂が458mで、もうひとつのピークが442mほどで、山頂よりも20m弱低いピークだ。↓青色丸で示した場所。
この東北東にあるピークには巨石群が祀られていて、その用途が何であったのかは、いまだに解明されていない。巨石信仰の遺跡とか、仏教信仰の霊場跡とか、はたまた自然にできた地形なんじゃないかとか…。
この猪群山に登ってきた。登山ルートは、猪群山の南西から登る”常盤コース”と、北側から登る”臼野コース”があって、今回は常磐コースを登った。常磐コースのほうが、距離が長くて比較的険しい。
常磐コース登山口までの道のり
常磐コースの登山口までは県道654号線を東南東へ向かっていると、左手に「猪群山登山道」の看板んがでている。
看板から登山口まで2㎞ほど。駐車スペースは2か所にわけて十分にある。
登山口から”立石”まで
登り始めは、しいたけが栽培されている雑木林のあいだをぬける、ゆるやかな登り。
↓しだいに石垣がみえはじめる。
この石垣がある辺りは、昔、炭焼きがおこなわれていたようだ。
炭焼窯の跡が残っている。
↓標高150mあたり。ゆるやかな斜度の尾根を登っていく。
↓標高200mあたり。
↓349mの表示がしてある地点から登山道まで尾根がのびている。左側に尾根、右側に谷が読み取れる。
↓その実際の写真がこれ。谷の左側が小高くなっている。この小高い尾根にそって、かすかな踏み跡がみられたため、こちらにも登山道があるのかなと思って少し登ってみた。だけどとても険しくて、急登だったので、途中でひきかえしてきた。正規のルートを登ることとした。
↓登山道の途中でみられる、岩に刻まれた植林の記録。
↓”大正元年”とか”昭和28年”の文字が見える。ずいぶん古い記録だ。
↓標高230mあたりから斜度があがってくる。
↓標高290mあたりで「立石」(たていし)がみられる。
大きな岩が地面に突き刺さっているような感じだ。
↓立石からは一時的に眺望が開ける。
”立石”から”いっぷく望”まで
↓標高290mあたりから、いちだんとまた勾配が高くなる。「こりからが…ひいぢぃ…でぇ…?」の看板通り。これまでもだいぶ登ってきた感があるが、最後のふんばりどころという感じだ。
↓標高400mふきん。「いっぷく望」という場所にでる。
↓いっぷく望からは、すぐ下に真玉温泉のある集落や屋山(ややま)などが見通せる。
”いっぷく望”から頂上まで
↓いっぷく望からは、ゆるやかな勾配(20°前後)の尾根が山頂まで続く。
↓山頂がみえてきた。
↓山頂には二等三角点がある。
山頂からの展望
↓山頂からも少しは展望はあるが、ほとんどが樹々に囲われ展望はよくない。
↓巨石群のあるもうひとつのピークへと続く登山道。今回は行かなかったが、巨石群のあるピークからの眺めのほうが、山頂からの眺めよりもいい。
↓別の日に撮った巨石群のあるピークからの眺望。
↓国東半島の山々が一望できる。
今回は総移動距離が2.6㎞。累積標高(+)が507mの登山だった。
常磐コースの登山口はモミジが植えられていて、11月末は美しく色づく。国東半島の紅葉スポットの穴場である。