日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。九州北部を中心に史跡を巡っています。巡った場所は、各記事に座標値として載せています。座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで場所が表示されます。参考にされてください。

ウミユリの化石が見られる梅花石岩層 福岡県北九州市門司区白野江 櫛ノ鼻

福岡県北九州市の門司区(もじく)、白野江(しらのえ)という地区に櫛ノ鼻(くしのはな)という海岸があります。ここに3億5000万年前の海底に繁殖したウミユリや火山灰が岩石化したものをみることができます。

場所:福岡県北九州市門司区白野江

座標値:33.947208,131.021549

Google map

 

ウミユリというのは、ヒトデやウニと同じ仲間である棘皮動物(きょくひどうぶつ)の一種です。梅花石(ばいかせき)というのは、このウミユリの茎のようにみえる部分の横断面が、梅の花のように見えるためにつけられた名前です。



北九州市のホームページに、その梅花石の実際の写真が掲載されています▼

【県指定】梅花石岩層 附 梅花石大形置物 1個 - 北九州市

 

 

櫛ノ鼻に足を運んで梅花石を探してみましたが、ホームページに紹介されているような、美しい模様の石をみつけることはできませんでした。ただ、ウミユリが含まれている母岩である輝緑凝灰岩(きりょくぎょうかいがん)を、たくさんみることができました。

 

そして、輝緑凝灰岩の割れ目に、おそらく炭酸カルシウム(CaCO3)の結晶である方解石脈(ほうかいせきみゃく)が入り込んでいる風景をたくさん確認することができました。▼下の写真を見てみると、やや緑色がかった岩の隙間に、白いスジがはしっていることがわかります。

この白いスジが、炭酸カルシウムの結晶である方解石脈であると考えられます。このように、岩石(母岩)の割れ目に鉱石が入り込んで、満たされたものを鉱脈と呼びます。

 

参照:倉敷市立自然史博物館,鉱脈

参照:倉敷市立自然史博物館,結晶質石灰岩

 

鉱脈は、どのようにしてできるのでしょうか?以下に示してみます。

母岩となる岩石に割れ目ができ、その割れ目に熱水やガスが繰り返し流れ込んでいきます。熱水やガスに溶け込んでいた鉱物が、岩石の割れ目の壁面に沈殿してゆきます。繰り返し沈殿がおき、岩石の割れ目を鉱物が埋めるようになります。こうして鉱脈ができます。

 

参照:倉敷市立自然史博物館,鉱脈のできかた

 

梅花岩石層でみられる鉱脈は、母岩が輝緑凝灰岩(きりょくぎょうかいがん)で、鉱脈が方解石(ほうかいせき)だと考えられます。

輝緑凝灰岩は、塩基性火山岩や凝灰岩が変質した岩石で、緻密で堅い性質をもっています。片状構造をもっており、圧力が加わった方向と垂直に、板状・針状に変成鉱物が並んでいます。つまり、パリッと平行面でわれやすい構造をもつものもあるそうです。

 

▼下の写真は、輝緑凝灰岩の片状構造の特徴がよくわかるのではないかと思います。

輝緑凝灰岩は、緑色~赤紫色をしています。梅花積層の場所を訪れた日は、天気の良い日だったために、岩石の色の様子がよくわかりました。

海岸を30分ほど探し回りましたが、イメージするような梅花石をみつけることはできませんでした。もしかしたら、そのような岩は採取しつくされてしまっているのかもしれません。

 

以下に、もしかしたらウミユリの化石かな?と思えるものを、ご紹介してみます▼

 

平尾台周辺の地質 福岡県北九州市小倉南区

田川変成岩類は平尾台の南東側に分布し,いわゆる三郡変成岩類の一部とみなされる。

 

参照:PDF,北九州平尾台付近の地質一とくに平尾石灰岩層の地質構造について一

 

平尾台の南側に広がる灰色の箇所が、田川変成岩類で構成された地域で、泥質片岩や高P/T型広域変成岩で構成されていると地質図naviでは記録されています。この田川変成岩類はもともと、古生代にできた堆積岩で、のちの時代にマグマの熱により変成作用をうけたとされています。

 

参照:三郡変成岩 - Wikipedia

 

(田川変成岩類の)北東部および南西部の花閏岩類に接近した部分では,熱変質をうけてホルンフェルス化しているが,その範囲はせまい。 

 

 参照:PDF,北九州平尾台付近の地質一とくに平尾石灰岩層の地質構造について一

 

田川変成岩類は深成岩である花崗閃緑岩と接触する箇所では、マグマの高温でさらに変成が進むと考えられ、接触する場所ではホルンフェルス化がおきています。ホルンフェルスとは、深成岩が貫入するときに、周りにあった地層がマグマの高い熱のために再結晶し、緻密で硬い石に変わることです。

 

参照:ホルンフェルス - Wikipedia

溶岩の熱と、地下深くの圧力により岩石は変成します。さらに高温の溶岩で上図のように変成され、石質がパリパリになるようです。

 

 

ここで平尾台周辺の地質を、広い視点で見てみます▼

平尾台の西側には青緑色で示された泥岩の地域がひろがっています。さらに、平尾台の南側には泥質片岩の地域、北東側には花崗閃緑岩の地域がひろがっています。青緑色でしめされた泥岩は、熱による変成作用を受けていないと考えられます。いっぽう、青色や灰色でしめされている地域は片岩や大理石など熱による変成作用をうけた岩石がみられます。変成を受けた・受けないでわけると以下の図のようになると考えられます▼

参照:金沢大学 地球学コース,泥質片岩

参照:倉敷市立自然史博物館,結晶質石灰岩

 

変成作用をうけた岩石がある地域の周辺には、もともと地下深くの溶岩だった岩石である花崗閃緑岩(かこうせんりょくがん)の地域がひろがっています。この略図から以下のようなことが想像されます▼

変成作用をうけていない岩石がある地域には、地下からのマグマが触れなかったのだと想像されます。鱒渕ダム(ますぶちだむ)周辺にあたる地域が、この「変成作用をうけていない泥岩がある地域」となります。

 

しかし、この泥岩地域でも、花崗閃緑岩と隣り合う地域には、熱による変成作用を受けた岩石がみられます。「東谷砂岩粘板岩層」と呼ばれ、小森という地区の西側に縦長にみられるようです。

 

参照:PDF,北九州平尾台付近の地質一とくに平尾石灰岩層の地質構造について一,P.41

 

(平尾)台の北西方の東谷地域から小森の西側一帯の山地には,砂岩・粘板岩からなる累層が露出している。当地域ではこれを東谷砂岩粘板岩層とよぶ。この累層は砂岩および粘板岩の互層をなし,砂岩は一般に灰黒色細粒堅緻なものが多く,わずかに淡黄褐色を呈し中粒ないし粗粒砂岩がある。

 

参照:PDF,北九州平尾台付近の地質一とくに平尾石灰岩層の地質構造について一

東谷砂岩粘板岩層には、粘板岩というものが含まれています。粘板岩は高温・高圧を受け、変成作用によってできた岩石のことで、 別名「スレート」とも言います。 粘板岩は薄い板状に割れやすい性質をもっています。

 

参照:粘板岩 - Wikipedia

 

もしかしたら、東谷砂岩粘板岩層がある地域の、呼野大山祇神社(33.751647,130.858081)には、この粘板岩がつかわれた石垣などがみられるのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

グラニュライト相変成岩類がある場所 佐賀県唐津市七山白木、福岡県糸島市二丈吉井

北部九州の先第三系は,主に白亜紀花崗岩類から構成され,変成岩類を伴う.これらの変成岩類の原岩構成は東部と西部で類似する(唐木田ほか, 1992).北部九州東部の変成岩類は,高圧低温型の変成作用をこうむった結晶片岩からなる(唐木田, 1965).また,白雲母の K-Ar 年代が 220 ~ 300 Maを示すことから,これらの結晶片岩は三郡変成帯(三郡-蓮華帯, 周防帯)のメンバーとされている(柴田・西村, 1989;唐木田ほか,1992; Nishimura, 1998).

 

参照:新たに見い出された北部九州,脊振山地西部のグラニュライト相変成岩類

 

「白雲母のK-Ar年代が220~300Maを示す」というのは、白雲母に含まれるカリウムの放射性同位元素40Kの濃度を測定して年代を推定する方法で、220~300MaのMaは「100万年前」を示します。

 

つまり、計測された白雲母は、2億2000万年前~3億10000万年前につくられた鉱物ということになります。そのために、この白雲母と同年代であるということから、北部九州の東部変成岩類は三郡変成帯の一部であることが推測されています。

北部九州西部の代表的な花崗岩分布地域となる脊振山地西部の浮嶽周辺には,下部地殻を構成していた高度変成岩の報告がある(山田・柳, 1986).筆者らは,同地域においてグラニュライト相変成岩類が約 3 × 1 km にわたり分布することを明らかにした.

 

北部九州の西部に、福岡県と佐賀県でまたがるようにして脊振山地(せふりさんち)があります。このあたりを構成する岩石は花崗岩(かこうがん)や花崗閃緑岩(かこうせんりょくがん)で、地下深くでゆっくりマグマが固まってできた岩石です。▼下図をみると、脊振山地の大部分がこれら花崗岩などで構成されていることがわかります。

脊振山地の西部に浮嶽(うきだけ)という標高805mの山があり、浮嶽の東北東部1kmあたりにだけ、泥質片岩・高P/T型広域変成岩、ざくろ石帯が含まれる地質の部分があることが地質図naviでは示されています。おそらく、この区域に「グラニュライト相変成岩類」が発見されていると考えられます。

 

浮嶽

場所:佐賀県唐津市七山白木、福岡県糸島市二丈吉井

座標値:33.469943,130.099186

グラニューという言葉が「粒状にする」「ザラザラにする」という意味をもちます。グラニュライト変成岩のグラニュライトという部分は、含まれる鉱物が粒状であることからつけられた名前です。

参照:いろいろな砂糖の名前の由来|農畜産業振興機構

参照:PDF,https://nh.kanagawa-museum.jp/www/contents/1598926610072/simple/5_Granulite.pdf

参照:https://nh.kanagawa-museum.jp/kenkyu/epacs/museum/4a06d_l.htm

 

浮嶽の東北東部1kmあたりに、このグラニュライト相変成岩類や、泥質片岩、ざくろ石帯など、このあたりでは比較的めずらしい岩石がみられるようです。国土地理院地図やGoogle mapで浮嶽ふきんを確認してみると、浮嶽山頂ふきんまで車でいくことができるようです。浮嶽山頂から、直線距離にして東南東300mほどの場所に駐車場が確認できます。また、泥質片岩、ざくろ石帯などがある区画には車道が通っており、車でもこの地帯には行くことができるようです。荒谷峠がこの地帯には含まれます。ただ、岩盤が露出している場所はあまりないようなので、これらめずらしい岩石を確認することは困難だと考えられます。

 

荒谷峠

場所:佐賀県唐津市七山藤川

座標値:33.476046,130.109367

いっぽう浮嶽山頂までは、登山口(33.470336,130.103337)から徒歩560mほどで到達できるようです。

北部九州にある帯状の地質

北部九州の先第三系は、主に白亜紀花崗岩類から構成され、変成岩類を伴う。これらの変成岩類の原岩構成は東部と西部で類似する(唐木田ほか, 1992)。

 

参照:PDF.新たに見い出された北部九州,脊振山地西部のグラニュライト相変成岩類.地質学雑誌 第 111 巻 第1号50-53 ページ,2005年1月 

 

先第三系とは、第三紀以前(約6500万年以前)の中生代や古生代などに形成された地層や岩石のことです 。

 

 

北部九州の岩石は、おもに中生代の白亜紀につくられたものが多いそうです。地質図naviを確認してみると、北部九州をでは赤やピンク色の暖色系で色づけられた箇所が帯状にひろがっています。この箇所は、花崗閃緑岩(かこうせんりょくがん)とか、花崗岩(かこうがん)で構成されています。これらの成立年代を地質図naviで確認すると、前期白亜紀につくられたことがわかります。

 

また、北部九州の岩石には、変成作用をうけた岩類も含まれるとのこと。「原岩構成は東部と西部で類似する」ということは、変成作用を受ける前の岩類は、九州北部の東西で、もともと同じものであった可能性があると考えます。

 

北部九州東部の変成岩類は,高圧低温型の変成作用をこうむった結晶片岩からなる
(唐木田, 1965).

 

参照:PDF.新たに見い出された北部九州,脊振山地西部のグラニュライト相変成岩類.地質学雑誌 第 111 巻 第1号50-53 ページ,2005年1月 

 

結晶片岩は、単に「片岩(へんがん)」ともいい、変成岩の一種。プレートの衝突によって、面と平行方向に強い圧力がくわわって(剪断応力;せんだんおうりょく)、再結晶した岩石が含まれているということ。面と平行方向に力が加わるために、雲母のような板状の鉱物や、角閃石(かくせんせき)のような柱状の鉱物が、一定方向に沿って配列している。このような板状や柱状の鉱物が一定方向に沿って配列することを片理(へんり)と呼ぶ。

 

参照:結晶片岩 - Wikipedia

参照:せん断応力 - Wikipedia

参照:片理(へんり)とは?- goo国語辞書

 

おそらく▼下図の灰色部分にあたる泥質片岩では、片理をもつような鉱物がみつかるのではないかと考えます。

福岡県田川郡添田町野田にある貴船神社(Google map)は、泥質片岩の地質がある地域に鎮座します。また、福岡県田川郡香春町採銅所にある味見峠桜公園(Google map)も、泥質片岩の地質がある地域に位置します。このような場所では、片理をもつ岩石が観察できると予想されます▼

 

日本一の断層を体感できる場所 長野県飯田市南信濃八重河内

日本には、関東から九州に伸びるとても長い断層があります。「中央構造線」とよばれる断層です。この断層が、川の流れによって侵食されてできた、おおきな谷がある場所があります。長野県の遠山(とおやま)谷です。下の略図でいうと、緑で囲った箇所です。

中央構造線を境に地質が異なる

地質図naviで、遠山谷のあたりの地質を確認してみます▼ 東西であきらかに地質が異なっていることが確認できます。

参照:中央構造線とは | 信州遠山郷

 

中央構造線から西側は暖色系で示されている地形…つまり、花崗岩(かこうがん)や閃緑岩(せんりょくがん)などの岩石でできています。これらの岩は地下深くでマグマがゆっくり固まってできた「深成岩」に分類されます。

 

中央構造線から東側は灰色や緑色系、寒色系で示されている地形…つまり付加体(ふかたい)や、砂岩泥岩互層、石灰岩などの「堆積岩」でできています。

遠山谷は、この深成岩と堆積岩とで構成された地質の境目にできた谷のようです。国土地理院地図の色別標高図で、遠山谷のふきんを確認してみます▼

赤色の箇所が標高の高い場所、緑色・青色になるほど標高の低い場所になります。画面の中央付近が遠山谷です。

 

もうすこし拡大して確認してみます▼ 縦にナイフで切りつけたような、するどい亀裂が南北にはしっているのがわかります。この部分が中央構造線だと考えられます。このように断層の破砕帯を川が侵食してできた谷のことを断層谷(だんそうこく)と呼びます。

 

参照:宇宙からも見える中央構造線の谷 | 大鹿村中央構造線博物館

中央構造線が、九州で確認できる場所がないか期待しましたが、九州ではこの巨大な断層を確認できる場所はないそうです。

 

九州での中央構造線の有無や位置については諸説ありました。地質的に九州を南北に分ける境界の一つである臼杵-八代構造線 (一部活断層)につなぐ説もありました。しかし以下に示すように九州には中央構造線はありません。このため、当然中央構造線活断層系もありません。

 

参照:地質調査総合センター,中央構造線に関する現在の知見

 

断層を体感できる青崩峠

この断層谷(だんそうこく)を一望できる場所が、南信濃村の青崩峠(あおくずれとうげ)なのだそうです。参照:青崩峠 - 飯田市ホームページ

 

 

青崩峠

場所:長野県飯田市南信濃八重河内

座標値:35.254039,137.911184

Google map

 

中央構造線の遠山谷があるふきんは、どのような地形になっているのでしょう?大鹿村中央構造線博物館ホームページに掲載されている図を参照してみます▼

この図からは、中央構造線の西側には、いまから1~0.25億年くらい前の地質、東側にはいまから1億年くらい前の地質がひろがっていることがわかります。比較的、西側のほうが新しい地質であることがわかります。日本列島は、太平洋側からおしよせてくる付加体(ふかたい)で、土台の大部分が構成されています。だから太平洋側になるほど新しい地質があることがわかります。

 

さらに遠山谷ふきんの地質を、さらにくわしく地質図naviで確認してみます▼

中央構造線より西側には、花崗閃緑岩、トーナル岩、片麻岩、花崗岩、泥質片麻岩起源マイロナイト、低P/T型広域変成岩、黒雲母帯、閃緑岩、石英閃緑岩などがあります。ピンク色や赤色など暖色系で示された部分です。

 

いっぽう、中央構造線より東側には、ジュラ紀・白亜紀の付加体、石灰岩、砂岩・泥岩交互層、変性玄武岩、高P/T型広域変成岩などがあります。灰色や緑色、青色など中間色や寒色系で示された部分です。

 

前記しましたが、ざっくりと分けると以下の図のように、中央構造線より西側は深成岩、東側は堆積岩で構成されている割合がおおきいことがわかります。

愛知県側の深成岩にはトーナル岩、マイロナイト、低P/T型広域変成岩など聞き慣れない岩石が含まれています。これらの岩石も含めて観察できる場所が、大鹿村中央構造線博物館です。

 

参照:【詳細解説】大鹿産岩石標本 | 大鹿村中央構造線博物館

 

念のために、トーナル岩、マイロナイト、低P/T型広域変成岩について調べてみます。

 

トーナル岩

トーナル岩は深成岩である花崗閃緑岩(かこうせんりょくがん)の一種で、通常、花崗閃緑岩はアルカリ長石という鉱物がよく含まれるそうですが、アルカリ長石があまり含まれていない花崗閃緑岩がトーナル岩と分類されるようです。参照:トーナル岩 - Wikipedia

マイロナイト

マイロナイトは、地下深くでできた岩石が、高温高圧の環境下で、ゆっくりと塑性変形してできた岩のことです。塑性変形というのは、「形がもとにもどらなくなった変形」ということです。

 

参照:マイロナイト - Wikipedia

参照:弾性変形と塑性変形 | 株式会社新日本テック

 

低P/T型広域変成岩

低P/T型広域変成岩とは、圧力が低く温度が高い環境下で別の性質をもつ鉱物へ変化した岩石ということです。マグマの熱などにより限定的な場所で、このような変成作用をうけるのではなく、何10km、何100kmにもわたって変成作用をうけるためにに「広域」という文字が含まれています。

ということは、「低P/T型広域変成岩」は、大陸プレートの浅い部分でおこる造山活動内で、高温・低圧力環境下で変成された岩石だと考えられます。

山神社の宝篋印塔(ほうきょういんとう) 大分県豊後高田市黒土

大分県、国東半島(くにさきはんとう)の黒土という地区に山神社が鎮座します。山神社の参道脇に、供養塔の一種である宝篋印塔(ほうきょういんとう)がまつられていました。

場所:大分県豊後高田市黒土

座標値:33.596142,131.556593

 

やや小ぶりな宝篋印塔の塔身部分には、4つの各面に梵字がきざまれています。案内板によると、金剛界の四仏である不空成就如来(ふくうじょうじゅにょらい)、阿閦如来(あしゅくにょらい)、宝生如来(ほうしょうにょらい)、阿弥陀如来(あみだにょらい)の梵字が刻まれているとのことです。

 

また「永正十三年丙子三月十日」「願主敬白 三郎太郎」の文字が刻まれているとのことです。永正十三年は西暦1516年で室町時代。この年の干支は丙子(ひのえね)です。

正面から撮影



国東半島の基盤になっている岩石がみられる場所 大分県国東市国東町小原

場所:大分県国東市国東町小原

座標値:33.542097,131.744465

 

大分県、国東半島(くにさきはんとう)に黒津崎(くろつざき)という場所があります。「崎」という文字がついているとおり、海岸につきだした岩場です。黒津崎は国東半島の東端にあたります。

国東半島は、その大部分が安山岩(あんざんがん)という、地下のマグマが地表近くで急速に固まってできた岩石で覆われています。安山岩は火山岩に分類されます。地形図naviで場所を確認してみると、オレンジ色で示された部分が安山岩・玄武岩質安山岩という岩石で構成されていることがわかります。

そんななか、黒津崎で限定的に、花崗閃緑岩(かこうせんりょくがん)という岩石がみられます。下の地質図naviをみてみると、赤色で示された場所です。

花崗閃緑岩は、マグマが地下深くで、ゆっくりと冷えて固まった岩石に分類されます。花崗閃緑岩は深成岩に分類されます▼

つまり、国東半島は大部分が火山岩であるのに、黒津崎だけ種類のことなる深成岩がみられるということになります。どうして、このようなことが起きるのか?

 

大分県ホームページの、こちらの資料を参照してみます。

 

もともと、大分県 国東半島の下には基盤として領家帯(りょうけたい)という地盤があり、その地盤のうえに、あとから新しい溶岩が覆ったということが示されています。

 

大分県における領家帯の変成岩・花崗岩類は新期の火山岩類に広くおおわれ,わずかに国東半島と朝地地域にみられるにすぎない。ボーリング調査では豊肥火山地域の基盤をなしていることが知られている。国東半島の変成岩・花崗岩類は日豊本線中山香駅から安岐町安岐ダム付近までと国東半島東海岸の黒津崎から臼石鼻にかけての地域に分布するが,新期火山岩類におおわれて点在的に分布するにすぎない。

 

参照:PDF大分県の地質と地形,P.5

 

「新規火山岩類」というのは、つまり、国東半島の中央部に位置する両子山(ふたごやま・ふたごさん)から噴出された溶岩と考えられます。イメージ図を下に示します▼

 

では領家帯(りょうけたい)というのはなんなのでしょう?西南日本を関東から九州東部へ横断する大きな断層がはしっています。中央構造線と呼ばれるものです。この中央構造線の北側にある、関東から九州までつづいている帯状の岩盤が領家帯です。

 

参照:中央構造線 - Wikipedia

 

▲国東半島も領家帯に含まれている

 

領家帯を構成する岩盤は、いまから2億130万年前から1億4550万年前につくられたものと考えられています。

 

参照:領家変成帯の岩石 | 大鹿村中央構造線博物館

参照:3.2 対象地域の地質環境

 

この期間はジュラ紀と呼ばれています。ジュラ紀につくられた岩石が、のちの時代である、1億4550万年前から6600万年前である白亜紀に、高温低圧型の変性作用をうけました。こうした作用をうけた岩石のために変成岩と呼ばれます。静岡県の「奥領家」という地名にちなんで、特に領家変成岩と呼ばれます。

 

地質図naviでは、領家帯の一部にふくまれる黒津崎(くろつざき)の岩石は、さらに具体的な形成時期が示されています。後期白亜紀のセノマニアン期~サントニアン期です。つまり約8660万年前~8300万年前です。

 

領家帯を覆う両子山の溶岩は、更新世後期に噴出されたことがわかっています。12万6000年前~1万1700年前です。

 

つまり、国東半島は下のイメージ図のように構成されていると予想されます▼

そして、黒津崎は「覆い」である両子山の岩石が削れ、国東半島の基盤となっている領家帯の岩石が露出している場所であると考えられます。

以下は、黒津崎の風景と、変性作用をうけた岩をご紹介してゆきます。

黒津崎でみられる岩石は、領家変成岩と考えられます。温度と圧力をうけて変性をうけています。領家変成岩の場合は、平行に反対方向への力(剪断応力)をうけているために、岩石に方向性の構造がみられます▼ 岩石に縞模様がみえます。この縞模様(片麻)がみえる岩は片麻岩と呼ばれると考えられます。

 

参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%87%E9%BA%BB%E5%B2%A9

 

片麻岩のほかに、地下深くでゆっくりと固まってできた花崗閃緑岩(かこうせんりょくがん)もみられます▼

岩をよく観察してみると、白いスジがはしっていることがわかります。これはもしかしたらペグマタイトと呼ばれる構造かもしれません参照。通常の岩石の場合とは異なり、高温のマグマが地下深くでゆっくりと冷めることで、結晶が長い時間をかけて岩の壁にはりついて成長し、このような大きな結晶ができたと考えられます。

「おしり岩」の中央部にも、大きな白いスジがみえる▼

参照:PDF.https://www.pref.oita.jp/uploaded/attachment/2111927.pdf

参照:PDF.豊後杵築地域の地質