日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。九州北部を中心に史跡を巡っています。巡った場所は、各記事に座標値として載せています。座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで場所が表示されます。参考にされてください。

金山川(きんざんがわ)源流を探訪する 福岡県北九州市八幡西区上上津役

先日あげた記事「金山川 名前の由来地をしらべる 福岡県北九州市八幡西区上上津役」で、金山川(きんざんがわ)源流と金鉱跡について記述しました。この場所へいってみました。

 

場所:福岡県北九州市八幡西区-上上津役(かみこうじゃく)

座標値:33.8237824,130.7731905

 

現在、人が訪れることはあまりないようで、道は雑草に覆われ、かなり荒れていました。行くにはスニーカーではなく、登山靴でいくのが無難だと感じました。

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金山川源流と金鉱跡、そして帆柱新四国霊場第60番札所がある場所は、ほぼいっしょの場所です。座標値は上記です。全行程を国土地理院地図上で示してみます。比較のために無加工の地図もしめしています。

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「源流、金鉱跡、札所」地点へいく道の入口はこちらの地点です↓ この入口までは車で行くことができます。

 

座標値:33.821695,130.766594

Google map

 

入口地点にはバリケードが設置されており、その先は林道である看板が立てられています。車を停めるスペースが、かろうじて1台分あるために、そこに車をとめてバリケードをよけて、徒歩にてすすむ必要があります。

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舗装された林道を630mほど進むと、「源流、金鉱跡、札所」地点方向への分かれ道がみえてきます。この分かれ道地点の座標値は(33.823138,130.770816)です。

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この地点から道はわるくなってきます。まだ舗装道はつづきますが、落石や雑草、苔が道をおおいます。道なりに歩いていくと橋がみえてきます。橋を渡ると舗装道はなくなり、登山道となります。

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登山道となってからは、札所までの距離は長くありません。2~3分歩けば「源流、金鉱跡、札所」地点にたどりつきます。

 

第60番札所にはお堂があり、「大日如来」の看板がかかげられています。お堂の右手側に小さな滝があります。この滝の上側に金鉱跡があります。しかし滝の上を通る道は、砂利ですべりやすいうえ斜面がきつく、斜面の下は滝となっています。危険を感じたので金鉱跡まではいくことができませんでした。

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ここの金鉱跡では江戸時代に、わずかながら、金が採掘されていたということです。『北九州の史跡探訪』(北九州史跡同好会)P.193の情報をもとに、ここまでたどりつくことができました。

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製塩の痕跡を日吉神社でみる 福岡県北九州市若松区東二島

北九州市には、若松区と戸畑区、八幡西区に囲まれる洞海湾(どうかいわん)があります。この洞海湾では、そのむかし海水を原料にして製塩がおこなわれていたといいます。製塩には、薪(たきぎ)とともに、石炭も燃料としてつかわれていました参照

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製塩がおこなわれていた痕跡が、若松区の「日吉神社」にのこっています。神社境内に「塩土老翁神(しろつちおじのかみ)」と刻まれた石塔がまつられており、この神さまが製塩にかかわる神さまということです。

 

参照:北九州歴史散歩 筑前編(北九州市の文化財を守る会編)P.26

 

 太宰府観世音寺領の産物は塩で、この地はその焼山、すなわち薪を採る場所であったことと、古代から江戸期にかけて洞海湾で製塩が盛んであったことを裏付けています。また、近年の発掘調査で神社周辺から多くの製塩土器が発掘されています。

 

日吉神社の拝殿にむかって左側に「両児嶌大明神(ふたごじま-だいみょうじん)」の鳥居と祠があり、さらにその左手がわに五基の石塔がまつられています。五基のうち一番左側が「塩土老翁神(しおつちおじのかみ)」の石塔です。

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場所:福岡県北九州市若松区東二島

座標値:33.889232,130.756072

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 以下はWikipedia-シオツチノオジの引用です。

名前の「シホツチ」は「潮つ霊」「潮つ路」であり、潮流を司る神、航海の神と解釈する説もある。『記紀』神話におけるシオツチノオジは、登場人物に情報を提供し、とるべき行動を示すという重要な役割を持っている。海辺に現れた神が知恵を授けるという説話には、ギリシア神話などに登場する「海の老人」との類似が見られる。

 

また、シオツチノオジは製塩の神としても信仰されている。シオツチノオジを祀る神社の総本宮である鹽竈(しお-がま)神社(宮城県塩竈市)の社伝では、武甕槌神(たけみかづち‐の‐かみ)と経津主神(ふつぬし-の-かみ)は、塩土老翁の先導で諸国を平定した後に塩竈にやってきたとする。武甕槌神と経津主神はすぐに去って行くが塩土老翁はこの地にとどまり、人々に漁業や製塩法を教えたという。白鬚神社の祭神とされていることもある。

 

ここ北九州市の若松地域でも古代から、土器をつかって海水を煮詰めて塩をとりだしていたということがわかります。古代の若松地区は西側をながれる遠賀川と洞海湾に囲われ、島のようになっていました。この島に縄文時代からヒトが住んでいたということがわかります。当時の洞海湾は、おそらく、現在よりも水深が浅く、浅瀬も多かったと考えられます参照

 

この洞海湾が深く掘削されたのは、湾岸の工業が盛んになってきてからなので、「塩土老翁神」がまつられていた当時はまだ、浅い洞海湾のままだったのでしょう。遠浅の海で海産物を採り、海水からは塩をとっていた当時の風景が頭のなかにうかんでくるようです。

金山川 名前の由来地をしらべる 福岡県北九州市八幡西区上上津役

金山川(きんざんがわ)は、北九州市八幡西区の西側にある「上上津役(かみこうじゃく)」という地区にふくまれる帆柱山に源流をもつ河川です。

 

国土地理院地図で、金山川の長さを測ってみると、源流部から北九州市の洞海湾(どうかいわん)にながれこむまでの距離は、およそ11㎞です。

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この「金山川」という名前からして、ふきんに金鉱があったのかな、川で金がとれたのかな、という想像がありました。しかし確定的な情報は得られていませんでした。

 

そんな矢先、『北九州の史跡探訪』(北九州史跡同好会)を読んでいると、P193に金鉱の情報が記載されていました。この書籍に示されている金鉱跡の場所は、 福岡県北九州市八幡西区上上津役という地区で、座標値(33.826117,130.770996)地点ふきんと考えられます。金鉱跡ちかくには、金山川の源流と、「帆柱四国霊場 第60番札所」があるとのことです。

 

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「金鉱跡」の文を以下に引用してみます。

寛永4年(1627)に北九州を探索した幕府の密偵の報告書に金山の名前が記載されている。なお郡誌に「上々津役の東南六町許出原に在り、昔金を堀たる跡と云。其の西に鞴(たたら)と云地あり、鉱穴の形今猶少しく残れり」とある。

 

上の引用文から考えると、今から約400年前、ここから金が掘り出されていたということがわかります。金鉱の場所ですが、”上々津役の東南六町許出原に在り”とあります。1町(ちょう)が約109mなので参照、6町は約654mということになります。後述する、金鉱跡の地点から逆に測って、北西約650m地点には熊野神社があります。

 

もしかしたら、郡誌の記述は、上上津役の熊野神社から測って金鉱が6町の距離にあったということなのかもしれません。

 

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金鉱跡の予想地を、国土地理院地図上に示してみます↓ 航空写真では、森のなかで、目印となるような建物などはないようです。地形図でも、金鉱跡ふきんまでのびるような道は示されていません。金鉱跡に行くとして、はたしていくことはできるのでしょうか?

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「金山川 金鉱」で検索してみると、なんと金鉱跡を訪ねていっているかたがおられました。『北九州八幡から発信-金山川の金採掘跡-』こちらのブログを拝読すると、金山川源流である金鉱跡までは、歩いて行ける道がのこっているようで、安心しました。

 

ブログの内容から推察すると、「帆柱四国霊場 第60番札所」のお堂をみつけることが必要のようです。そのお堂のすぐ横に金山川の源流ちかくの小さな滝があり、その滝をのぼると金鉱跡があるということです。

 

「金山川」の名前の由来となった、この地をいつか、機会をつくっていってみたいと思います。

オオゴマダラとヘリコニア 福岡県北九州市若松区竹並

場所:福岡県北九州市若松区竹並

グリーンパーク

響灘緑地

熱帯生態園

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ヘリコニアで羽を休めるオオゴマダラ

 

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【ヘリコア】参照

被子植物

単子葉類

ショウガ目

オウムバナ科

オウムバナ属

 

熱帯アメリカ原産

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【オオゴマダラ】参照

節足動物門
昆虫綱
チョウ目(鱗翅目)
アゲハチョウ上科
タテハチョウ科
マダラチョウ亜科
オオゴマダラ属
オオゴマダラ

 

海外ではインドシナ半島南部、スマトラ島などの東南アジアや台湾、日本では八重山諸島、沖縄諸島南部に分布。日本のチョウとしては最大級。沖縄県の県蝶、うるま市、那覇市、宮古島市、石垣市の市の蝶にも指定参照

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須賀神社にまつられる宝篋印塔 福岡県北九州市若松区畠田

北九州市若松区畠田にある須賀神社ちかくに宝篋印塔(ほうきょういんとう)がまつられています。この宝篋印塔にかんする詳細は不明です。

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須賀神社へとつづく参道の脇。畠田公民館のすぐそばに宝篋印塔はまつられています。

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場所:福岡県北九州市若松区畠田

座標値:33.901418,130.745575

 

 この宝篋印塔は、塔身(とうしん)、基壇(きだん)、基礎の部分があたらしくつくられた印象をもちます。塔身より上のぶぶんは昔からの状態をたもっているようです。また、この宝篋印塔のすぐそばには、宝珠(ほうじゅ)、請花(うけばな)、九輪(くりん)ぶぶんだけの、宝篋印塔の一部がまつられています。

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https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/95/Ehoukyouintou-wiki.jpg

Wikipedia-宝篋印塔より引用

 

宝篋印塔のそばに建てられている石碑には「宝篋印塔」の文字とともに、「昭和五十七年一月吉日 二島 畠田区画整理組合復旧」の文字がきざまれています。昭和57年は西暦1982年、二島(ふたじま)は北九州市若松区にある地区の名前です。

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須賀神社には庚申塔はまつられていませんでした。

若松区有毛のひまわり畑 福岡県北九州市若松区有毛

北九州市若松区の有毛(ありげ)地区に、2021年の今年もたくさんのひまわりが咲いています。海岸ちかくの大きなひまわり畑は、壮観で魅力的です。

 

海岸近くの大きなひまわり畑:Google map

 

わたしは、他のひとが写真をとっているところに入っていくのが、すこし苦手なので、別の場所のひまわり畑で写真をとっています。今年はここ↓で写真を撮りました。

 

別の場所のひまわり畑 Google map

場所:福岡県北九州市若松区有毛

座標値:33.920786,130.697817

 

上の座標値に示した地区には、いくつかの畑があって、毎年おなじ畑でかならずしも、ひまわりが咲いているというわけではないようです。毎年、少しずつちがった畑でひまわりが咲いています。今年は、上の座標値に示した畑でひまわりがたくさん植えられていました。

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夕陽にてらされるひまわり。周囲にはたくさんのトンボが舞っています。

 

周囲は農道ではあるものの、道幅はひろく、車通りも少ないです。じゃまにならない場所に車をとめさせてもらい、ゆっくり鑑賞ができます。