日々の”楽しい”をみつけるブログ

福岡県在住。各地の史跡巡りが好きで、九州北部を中心にNikon D750をメイン機として史跡を撮っています。詳しい撮影場所は各記事に座標値として載せていますので、座標値をGoogle MapやWEB版地理院地図の検索窓にコピペして検索すると、ピンポイントで撮影場所が表示されます。参考にされてください。

福岡県宮若市金丸の庚申塔

天神組合集会所の裏側。用水路のすぐ近くに庚申塔をみつけることができました。

場所:福岡県宮若市金丸

地図:Google マップ

塔の上1/3部分がぽっきり折られています。

正面には「謹請 庚申尊天 」という文字が刻まれます。造られた年は、「元禄七年」で西暦1694年です。

↓こちらの庚申塔にも見慣れない文字が刻まれています。なんとか「元禄七?天」と読み取れます。

そのまま模写すると↓

…と見えます。

 

↓正面の文字…「謹請 庚申尊天 ?給」では…「?」に入る文字は判読困難でした。

 

この庚申塔福岡県の庚申塔に登録しています。

佐賀県の庚申塔を探してみた 佐賀市大和町 富士 三社太權現の庚申塔

佐賀県へ行く機会があったために、佐賀県にも庚申塔があるのか探してみました。こちらのサイト(庚申塔 | さがの歴史・文化お宝帳)に、庚申塔のある場所が紹介されていたために、佐賀市大和町にある久池井(くちい)というい所へ行ってみました。

 

この久池井に、富士 三社太權現という神社があり、その境内に庚申塔が祀られているとの情報です。

 

場所:佐賀県佐賀市大和町大字久池井(くちい)

地図:Google マップ

 

神社は住宅街の奥まったところにあって、神社手前には公民館、そのもっと手前に広い空き地がありました。この空き地に車を停めさせてもらい、神社へと向かいました。

 

珍しい木製の鳥居↓

この木製の鳥居にむかって右側に「猿田彦大神」と刻まれた庚申塔が一基。

↓そして鳥居に向かって、左側に数基の石塔と祠が祀られ、そのなかに…

青面金剛尊天」と刻まれた庚申塔が一基祀られていました。

塔の左右には成立年月が刻まれているようです。みにくくはなっていますが、こちらのサイト(庚申塔 | さがの歴史・文化お宝帳)で「文化12年」という解説があるために、1815年の成立ということがわかります。

 

では↓塔に向かって左側に刻まれているこの文字はなんなのでしょうか。造られた月を刻んでいると思われます。

「?月吉日??」と刻まれているのがわかりますが、「?」の部分は読みにくくなっています。「月」の上の文字は、なんとなく「四」と読み取れるように思えます。傷がついて↓下のような形になったのかもしれません。

 

次に「吉日」の下にある文字は何なのか。

見えるままにスケッチしてみますとこんな文字が浮かび上がりました↓

なんとなく「辰」という文字が読み取れます。そこで1815年の4月は干支でいえば何にあたるのか調べてみました。

干支計算|暦の計算|計算サイト

↑こちらのサイトを参照してみると、1815年の4月は「庚辰(かのえたつ)」にあたるそうです。

 

まとめてみると「四月吉日庚辰」と刻まれているのかなと思われます。

 

この庚申塔の下側部分には講のかたがたの名前が刻まれていました。 

 

道の駅「おおとう桜街道」のイルミネーション

福岡県の道の駅「おおとう桜街道」のイルミネーションを観に行ってみたいと以前から思っていましたが、年末はその時間はとれませんでした。まだやっているかな…と調べてみると、実施期間が「2017年11月24日(金)~2018年1月31日(水)」と、今年の1月末までなんだそうです。まだやってる、ということで2018年1月6日(土曜)行ってみました。

想像以上に豪華なイルミネーションでした。会場についたのは夜の8時頃でしたが、まだまだたくさんの人がおられ、道の駅自体も夜8時まで開館しているようでした。もう館内には「蛍の光」が流れていましたが館内の食堂にもたくさんの親子連れ。そうか冬休み最後の土曜日だからか。

駐車場は8時でもけっこう満杯でした。空いている駐車場が3~4台ほどあったので、ここに滑り込ませました。でも8時を過ぎるとだんだん帰っていく人が多くなったようで、空車がめだってきていました。

 

点灯時間:17:30~22:30

場所:福岡県田川郡大任町大字今任原1339

名残伊豆丸遺跡ふきんの庚申塔 宗像市名残(なごり)

場所:福岡県宗像市名残

地図:Google マップ

 

宗像市の名残(なごり)という地区は、福岡教育大から南へ、直線約2.5㎞のところにあります。

この名残という地区には、「名残伊豆丸遺跡」があります。↓下の写真に写っているお堂の裏側に、その遺跡はあります。

この遺跡は、みたところ古墳のようです。通常の古墳のように、入口は閉鎖されておらず、だれでも出入りが可能です。

↓中には石仏が安置され、その前に正月らしく鏡もちが供えられていました。

 

目的の庚申塔は、お堂に向かって左側に祀られていました。

左側から順番に庚申塔を確認していきます。どの庚申塔も形状でいえば「柱状 角柱」のものに分類され、「庚申尊天」と刻まれています。しかし、左から三番目の庚申塔には、風化してしまったのか…なにも文字は確認できませんでした。

↓一番左側の庚申塔を拡大してみると、向って左側に「十一月 吉日」と読み取れます。おそらく右側に成立年が刻まれているのでしょうが、文字の痕跡は確認できませんでした。側面や裏側を見てみても同様に確認できませんでした。

↓左から二番目の庚申塔の拡大です。これは向かって右側に、なにやら文字が刻まれていますが、判別は困難でした。なんとなく「安泰三」と刻まれているようにも見えますが、「安泰」という日本の元号はありません。

↓左側から三番目の庚申塔。こちらは文字が刻まれている痕跡すら探せませんでした。

↓こちらが一番右側の庚申塔です。正面の「庚申尊天」の文字のみかろうじて確認でき、その両側にも文字が刻まれていそうですが、判別不可でした。

 

今回の庚申塔も、福岡県の庚申塔に追加しています。

福岡県宗像市多禮(たれ)の庚申塔

昨年、世界遺産に登録された宗像大社。正確にいうと宗像・沖ノ鳥島関連遺産群。その関連遺産群のひとつ、宗像大社 辺津宮(へつみや)ちかくに今回の庚申塔は祀られています。

 

場所:福岡県宗像市多禮(たれ)

地図:Google マップ

 

地形図で場所を確認してみると、庚申塔の場所は、ほんとに宗像大社の目と鼻の先です。歩いて15分ほど。

 

多禮(たれ)という集落の北側入口に、庚申塔は祀られていました。

正面には、かろうじて「庚申尊天」と刻まれているのが確認できます。もしかしたら造られた年月日が刻まれていたのかもしれません。

側面には、何も刻まれていませんでした。庚申塔は岩壁にくっつくように立っていたために、裏側は確認することができませんでした。

 

今回の庚申塔も↓こちらの「福岡県の庚申塔」マップに追加しました。

福岡県の庚申塔

福智山から伸びていたサンピラー(太陽柱)

今朝は、ほんと久しぶりにサンピラー(太陽柱)をみることができました。

サンピラー(太陽柱)は、空気中の氷の結晶に、太陽の光が反射・屈折して、太陽光が柱状に見える現象です。今朝のサンピラーは雲がかかっていたので、ちょっとみにくいものでしたが、珍しい現象なのでやっぱり見られるとうれしいものです。

 

↓下の写真は、別の日 大分県で見られたサンピラーです。夕暮れにも見えることがあるようですが、私は朝方にしか見たことがありません。風が吹いておらず、キンと冷えた朝によく見られました。

冬山の怖さと魅力

2015年2月11日。大分県久住山、久住分れで撮影。

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あまりの寒さに、カメラの液晶が起動しにくくなりました。肌に痛みを与える強風と、真っ白で見通しの利かなくなった景色には、恐怖もおぼえました。ふだん歩き慣れてる登山道でも、どこをどう歩いているか、わからなくなったからです。
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でも、冬の久住山にまた行ってみたいとおもえるのは、こういう景色をみられるからです。


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